03 July 2024

Art

岩元航大にスポットライトを

a round light fixture with a white light on it

かつて留学生としてスイスで学んでいた頃、自己懐疑的な内面に悩むこともあった岩元氏。しかし、言葉の壁を乗り越えながら、自らの作品を自分自身の言葉で語ろうと決意し、現在に至ります。そんな岩元氏と、キャリア初期に抱えていた苦悩、和紙へのこだわり、そして、G-STARとの最新プロジェクトについて率直に語り合いました。

FEATURED ARTIST
KODAI IWAMOTO



時は19世紀。オランダの商船が日本からさまざまな陶磁器や食器を持ち帰りますが、それらはすべて、見慣れない絵柄や配色で描かれた浮世絵の和紙に包まれていました。彼らが目にしたこともなかった浮世絵は、やがてフィンセント・ファン・ゴッホをはじめとする芸術家たちにインスピレーションを与え、ジャポニスムの芸術運動を生み出すことになります。

岩元氏がG-STARのために制作した照明オブジェ「UNERI(うねり)」は、和紙が秘めるユニークな物語を称えるもの。和紙にデニムを練り込んで作られたこのオブジェの名前は、デニムの繊維が液状の和紙に混ざったときの様子が、波のうねりを想起させることに由来します。

神戸芸術工科大学とスイスのローザンヌ美術大学(ECAL)を卒業した岩元氏は、 自身のデザインスタジオを持つとともに、東京の八王子にて、プロダクトデザイナーやアーティストが集うコワーキングスペース「スタジオ発光体」を運営。彼の作品は、大量生産と職人の手仕事、東洋と西洋の文化、プロダクトデザインと伝統芸術など、矛盾を結びつけることに重点を置いています。最近、G-STARとの新たなコラボレーション企画をはじめとし、さまざまなトピックについて岩元氏に話を聞くことができました。
a person standing in the street with a bag over their head
日本を離れ、ECALでプロダクトデザインを学んだとのことですが、これはどのような体験になりましたか?

「おそらく、人生で一番ハードな2年間でしたね。ECALは、特にプロダクトデザインの修士課程において、ヨーロッパの他の芸術学校と比べても難易度が高く、 学生の質も本当に高いんです。当時僕は24歳で、学士号を取得したばかりでしたが、一緒に学ぶ仲間の中には、すでにVitraやHAYのようなビッグブランドで働いた経験をもつ人もいました。」

その厳しい年月を経て、デザイナーとして成長できたと感じますか?

「はい、間違いなく成長できたと思います。英語で言いたいことを表現するのが難しかったので、当時の僕にとって大きなチャレンジでした。でもプロダクトデザインに関しては、自分一人でも優れたプロトタイプを作ることが可能で、そのデザインが素晴らしければ、たとえ英語が話せなく���も理解してもらえます。だから、品の高いプロトタイプを作り、プロダクトのレベルをもっと上げることに専念したんです。」
two fans are standing next to a large piece of glass
では、新作のオブジェ「UNERI(うねり)」について教えてください。和紙はどのように作ったのですか?

「和紙を漉く(すく)工程は、木の皮を採ることから始まります。特に日本で使われているのは楮(こうぞ)の木の皮です。このプロジェクトで一緒に仕事をした越前和紙の工房(五十嵐製紙)は、楮の木がたくさん生える地域にありました。

まず、地元の木から樹皮を採取し、それを煮て紙漉きの材料にします。煮ることで繊維がほぐれ、細かく分けられるようになります。煮沸したら不要なものを取り除き、最良の繊維のみを取り出します。これが、紙の中心的な構成要素となります。

最後に、植物の繊維と天然の糊を合わせて紙の原料を用意したら、平らな網状の道具を使用して繊維と糊の混合物を広げ、薄い層を作ります。この層が、最終的に和紙になります。シート状になった和紙を1〜2日間乾燥させ、これが乾ききると和紙が完成します。」
デニムの繊維はどのように取り入れたのですか?デッドストックのデニムを使ったとのことですが。

「まず、G-STARから、サンプルとしてA1ぐらいの大きさのデニム生地をもらいました。それを細かくカットして、紙の原料と混ぜてみたんです。」

なるほど。オブジェは障子のような形をしていますが、それはなぜでしょう?

「紙とデニムを混ぜてみたら、とてもきれいに仕上がったんです。何よりも、独特の透明感に魅了されました。その透明感を活かすなら、日本の伝統的な障子の形が良いのではと思い、このようなデザインに至りました。」

では改めて、この作品の背景にあるインスピレーションと、和紙が初めて日本からオランダに渡った時のことに着目すると、ドアはもしかしたら、2国間の新たな通路を象徴しているのでしょうか。

「見方によっては、そうかもしれないですね。僕にとって解釈は自由なもので、他の人の目に自分の作品がどう映っているかを知るのも楽しみのひとつです。」
a round light fixture above a table with a chair next to it
そうですよね。和紙の歴史も、本当に興味深いのですね。

「はい。数百年前の江戸時代には、和紙はどこにでもありました。今で言うコピー用紙のようなもので、特別なものではありませんでした。でも、当時と今とで違うのは、和紙の使われ方とその自然のサイクルです。例えば、伝統的な家屋の引き戸や窓の障子には和紙が使われていました。破れたり、古くなったりした和紙は、捨てられることなく、書道の練習に、あるいはトイレットペーパーとして再利用されていました。また、当時は近代的な衛生設備が整っていなかったため、最終的には堆肥になり、人間の排泄物と混ざって肥料にもなっていたんです。なので、当時の使用と再利用の自然なサイクルは、現代における和紙の扱いとはまったく異なります。」

和紙の世界は奥深いですね。では、G-STARとのコラボレーションはいかがでしたか?

「正直、G-STARのコラボレーション企画にデザイナーとして選ばれるとは思っていませんでした。昨年マーティン・バースとのプロジェクトを見て、G-STARのようにアーティストを大切にするブランドと仕事ができたらいいな、と思ったのを覚えています。なので、『The Art of RAW』の話が来たときは嬉しい驚きでしたね。」

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